Weak Point 5



ゾロが刀屋を訪れたのは、
窃盗団逮捕の見出しが新聞を飾った 三日ほど後だった。

「おう、おやじ!どうだ?傷の具合は!」

裏口から入ると、主人の姿はなく、
作業場を兼ねた店のほうから ひょいっと顔を出した。

「おぉ、お前さんかい!
 もうちょっとで、ひと段落するから、適当に座って待ってな。」

思いのほか元気そうな様子に ゾロは笑みを浮かべて、腰をおろした。

奥の台所から細君が顔を出して会釈する。
誰か来ているようで、呼ばれた様子で すぐに引っ込んだ。


「待たせたな。」
主人が手ぬぐいで顔を拭きながら やってきた。

「なんだよ、やけに張り切って。
 無理すんな。年寄りなんだからな。」
ゾロの言葉にも、笑いながら答える。

「おちおち寝てらんねぇんだよ。」

「海軍の方から、盗まれた刀も戻ってきたんだが、
 持ち主がわからねぇものも沢山あってな。
 調査が済むまで、ここで預かることになったんだ。」

主人はゾロの向かいに腰をおろすと、 細君が運んできたお茶をすすった。

  「費用はいくらかかってもかまわねぇ、
 修復が必要なものは綺麗に直してやってくれってな。」
「へぇ、ずいぶん太っ腹だな、海軍も。」
「あぁ、俺も驚いたよ。なんでも、名刀は世界の宝です!って
 勢いで持ち込んだ大佐だかなんだかが、えらい熱くってな。」

「へぇ・・・」
ゾロは主人の話を聞きながら、ある女の姿を思い浮かべた。


「まぁ、これで張り合いも出来たって訳だ。」

「おうっ!腕の見せどころだ。」

腕をまくってみせる主人の肩に、包帯が見えた。

「まぁ、慌てんなって。どうだ?ひと息いれねぇか?」
ゾロは、持ってきた瓶をどんと主人の前に出した。

「へぇ、『三千世界』かぁ、珍しい酒だな。」
「だろ?」

「おおい!湯のみ持って来てくれ!
 あと、なんか酒の肴になるようなものもな!」

主人が台所に向かって声をかけると
ややしばらくして、細君がお盆に湯呑茶碗と
イカのあぶったものを載せてやってきた。

二人の前に置くと、改めてゾロに向き直る。

「この度は、ほんとうになんてお礼を言っていいかわかんねぇ。」
手をついて深々をお辞儀をする姿に ゾロは、慌てる。

「オレは何もしてねぇ。お礼を言うのはこっちだ。
 大事な刀を守ってくれて。」

そんな様子を見て、細君はくすっと笑う。
「あら、あなたも同じことを言うのね。」

あなたも?
ゾロはなんのことを言ってるのかわからなかった。

「今、夕食の用意ができたところです。
 どうぞ、食べてって下さい。」
細君はそれ以上説明するでもなく、そう告げた。

「あぁ、なんにもねえけど、丁度、鯛がとれたって
 今朝もらったんだ。フキノトウにタラの芽、こいつが
 山で採ってきたのもあるぞ。」

「じゃあ、遠慮なく。」

細君が台所にもどったところで、酒の栓を開けた。

とぷとぷと茶碗に注ぐと、 口をつける主人を見守る。

「ん〜〜〜、旨い!」
主人の声を聴いて、ゾロはにやりと笑った。

そして、自分の湯呑の酒を 喉を鳴らして飲み干した。

「おまたせしました。」
細君が料理を運んで来た。

鯛の刺身に山菜の天ぷら。
ゾロは思わず目を見張った。

「うまそうだな。」
「だろ?さぁ、食ってくれ!」


旬の味覚に舌鼓をうっていると
台所からいい香りとともに、また料理が運ばれてきた。

「煮つけも出来ましたよ!」

聞き覚えのある声に、ぎょっとして、
見上げれば、そこには割烹着姿のたしぎが立っていた。

ぶっ!!!

思わず酒を吹きだした。

「なっ、なんでロロノアがいるんですかっ!?」

「それは、こっちの台詞だろ!」
手の甲で口をぬぐいながら、言い返す。

「なんだ、お前たち、顔見知りか。」
主人が妙に納得する。

「なにやってんだ?こんな所で。」

「軍が修復、保管を依頼した刀の確認に来てたんですよ。仕事です!」
たしぎは必死になって説明する。


「まだ、手つけたばっかりだからって言っても聞かねぇんだ。
 作業を見たいと言いやがって。」

「あぁ、こいつは刀マニアだからな。うっとおしいだろ?」

「鬱陶しいとは失礼な!ご主人が早くよくなるようにと、
 ちゃんと、こうやって料理を手伝って。」

たしぎの運んできたお盆には、金目の煮つけが盛られていた。
二皿あり、どちらがたしぎが作ったのかは、一目瞭然だった。

「料理を習って・・・たんです・・・」
赤面して下を向く。

「ははっ。よく出来たじゃねぇか。  ご馳走になるとするか。」
主人は、皿を受け取ると、早速、箸をつけた。

「うん、味は悪くねぇ。こいつの味付け、しっかり覚えりゃ
 男も落とせるぞ。」
「そ、そんなつもりはありませんっ!」

心外なとばかりに、ぷいっと横を向くが、
ゾロが煮つけを口に運ぶのを、横目で気にしていた。

悪くねぇ。
ゾロは黙って箸をすすめた。


「たしぎさん、私たちもこっちでいただきましょう。」
細君が、たしぎを呼んだ。

ゾロと主人は縁側近くで、
たしぎと細君は奥の間でおだやかな夕餉が始まった。

 



<続> 




H26.3.13